手術前のがん患者さんは、精神的に非常に不安定になります。
もちろん患者さんによって違いますが、なかにはふさぎ込んでしまったり、うつ状態になってしまう場合もあります。
これは、ある程度はしかたないことなのですが、精神的に落ち込んだまま手術を受けることは、できれば避けたいのです。
そこで、手術が決まったがん患者さんは、どうやってメンタル(精神状態)を保つかについてお話します。
手術をひかえたがん患者さんは精神的に不安定
患者さんはがんの診断により、大きな心理的ショックを受けます。
たとえ検査結果を待っている間にある程度覚悟をしていたとしても、実際にがんの告知を受ける衝撃は相当なものです。
頭の中が真っ白になり、自分ががんであることを信じようとしなかったり、否定しようとしたりする心の動きがおこります。
しばらくは、気持ちが落ち込み、何も考えられない状態が続くこともあります。海外からの報告によると、がん患者さんのおよそ半数が、適応障害(睡眠障害や食欲不振などの症状によって日常生活に支障をきたす状態)やうつ病と診断されるといわれています。
その後、徐々に落ち着きをとりもどし、「がんであるという現実」を受け入れることができるようになります。個人差はありますが、治療に向き合うことができるようになるまでには、1~2週間かかるといわれています。
とはいえ、がん告知の精神的ショックがなくなるわけではありません。
多くの患者さんが、がんや治療に対する漠然とした不安やストレスを抱えたまま日常生活を送るのです。
とくに、手術を控えたがん患者さんは、手術に対する恐怖や不安も加わることになりますので、精神的に非常に不安定になります。
本来ならば、がんの手術を控えた患者さんには、専門家による精神状態の評価と心理的ケアが必要です。
しかしながら、手術前の忙しい外来では、このような心理的苦痛を解決する手段についてじっくりと相談する時間がありません。
このため、多くの患者さんは心の健康を害したまま手術に突入することになります。
手術ができることに感謝する
そこで、手術を受けることが決まったがん患者さんへのアドバイスです。
まずは、手術ができることに感謝しましょう。
なぜなら、がん患者さん全員が手術を受けられるわけではないからです。
がんが遠くの臓器へ転移していたり、周囲の臓器や血管へ広がったりしている場合、「切除不能」と診断され、手術の適応とならないことがあります。
また、技術的には手術が可能でも、肺や心臓などの重い持病により全身麻酔がかけられないため、手術をあきらめなければならない患者さんもいます。
高齢のため、手術による侵襲(体へのダメージ)を考えて、手術を控えるケースもあるでしょう。
このように考えると、がんの診断や手術を受けることは「不幸」と捉えがちですが、手術ができる段階でがんが見つかったことは「不幸中の幸い」とも考えられます。
また、今のあなたが、麻酔・手術に耐えられるだけの健康状態を維持できているのが、まず喜ばしいことなのです。
そういった気持ちでいると、少しは治療に前向きになれると思います。
手術のネガティブな面を考えすぎない
多くのがん患者さんが「手術はこわい」という気持ちをいだきます。
これは、「手術は痛くてつらいもの」という昔からあるイメージによるものだと思いますが、最近の医師の説明にも問題があると感じています。
通常、手術の数週間~数日前に、主治医(あるいは執刀医)から手術の方法や合併症について詳しい説明があります。
その際に、実際には起こる可能性がとても低いまれな合併症や、死にいたるような最悪の事態についてもしっかりと説明するようになりました。
これは「インフォームドコンセント」とも呼ばれ、患者さんに手術に関するすべての情報を伝え、納得したうえで同意してもらうということが目的です。
一方で、後々のトラブルや医療訴訟の対策として、患者さんおよび家族に、起こりうるすべての可能性について説明する義務を果たすためのものでもあります。
つまり、めったに起こらない合併症によって患者さんが死亡したり重度の後遺症が残ったりした場合、後から「聞いていなかった」ということをなくすためです。
比較的リスクの低い手術を受ける患者さんに対しても、「手術後に脳梗塞、心筋梗塞、肺血栓塞栓症(エコノミー症候群)、肺炎などがおこったり、それが原因で死亡したりする可能性がある」といったお話をしますし、「この手術の死亡率は数%です」と直接的に伝えることもあります。
患者さんとしては、この数%というのはピンとこないと思いますし、自分がその数%になって死亡することを想像してしまうかもしれません。
したがって、このような説明をすべてまともに聞いていたら、怖くなって手術を受けられなくなるほどです。
患者さんはこうした説明を受けても、「めったに起こらないが、そんなこともある」という程度にとどめ、あまり深く考えすぎないようにしましょう。
また、手術後の痛みについて不安を持っている患者さんが多いのですが、最近では麻酔や鎮痛剤の進歩によってかなりコントロールできるようになっています。
もちろん、すべての医療行為にはリスクをともないます。手術や麻酔も100%安全ではありません。
ただ、可能性のきわめて低い最悪の事態について心配しても、いいことはありません。
手術については「きっとうまくいく」と信じて、ネガティブな面ばかりを考えすぎないようにしてください。
むしろ手術のことを忘れるくらい準備(プレハビリテーション)に没頭するのがよいでしょう。
「自分に必要なプレハビリテーションを考え、スケジュールを立て、手術まで毎日実行していたら、いつの間にか手術日だった」というのが理想的です。
運動、栄養状態(食事)の改善、そして、精神的ケアなど、できることは時間が許す限り何でもやりましょう。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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