「がん幹細胞」とは、他のがん細胞よりも生き残る力が強く、治療に抵抗する一部のがん細胞のことで、「がんの親玉」とも呼ばれています。今回、大腸がんの抗がん剤治療後の再発に、休眠状態のがん幹細胞が重要な役割をはたしていることが解明されました。
はじめに
「がん幹細胞(Cancer stem cell)」とは、他のがん細胞よりも生き残る力が強く、治療に抵抗する一部のがん細胞のことで、「がんの親玉」とも呼ばれています。
この「がん幹細胞」は、自分と同じ細胞を作る能力や,、腫瘍(がんのかたまり)を作る能力が高く、たったひとつの細胞から分裂してがんの塊をつくることができます。
また、抗がん剤や放射線治療が効きにくく、治療後に少数でも残存すると、再び腫瘍を形成する能力をもっているため、再発の原因になるといわれています。
がんを根治するためには、この「がん幹細胞」を全滅させる必要があります。
現在、このがん幹細胞の特徴を明らかにして、治療に結びつける研究が行われていますが、いまだに臨床で使える薬はありません。
最近、日本から、がん幹細胞についての新しい知見についての報告がありました。
7月17日のNHKニュースですが、「大腸がん再発の仕組み解明 慶応大グループ 治療の開発に期待」というタイトルで、この研究成果を紹介しています。
記事を読んでみますと「抗がん剤の治療を受けたあとで大腸がんが再発する仕組みを解明したと慶応大学の研究グループが発表しました。新たながん細胞を生み出す「がん幹細胞」が抗がん剤を受けている間、眠った状態となって攻撃を逃れていたということで、この仕組みをもとに再発を防ぐ治療の開発が進むのではないかと期待されています。」
どういった研究なのか、くわしく解説したいと思います。
がんに対して抗がん剤が効かなくなるメカニズム:がん幹細胞の関与
科学雑誌 Nature の電子版に2022年7月7日に掲載された論文です。
まず研究グループは、大腸がん患者のがん細胞から作ったオルガノイドと呼ばれる「ミニ大腸がん」を、マウスの背中に移植しました。
そして、がん幹細胞だけが蛍光色に光るようにして、レーザー顕微鏡を使って、リアルタイムに観察できるシステムを開発したということです。
約1ヶ月間、がんが成長する様子を観察したところ、がん幹細胞のなかには、増殖するものもあれば、休眠状態のものもあったということです。
つぎに、抗がん剤を投与したときに、このがん幹細胞がどうなるのかを調べました。
その結果、すべてのがん幹細胞が生き残るのではなく、休眠状態に入ったがん幹細胞だけが生き残って、抗がん剤治療が終わったら、ふたたび増殖を開始することがわかりました。
さらに、抗がん剤に耐えて生き残る休眠状態のがん幹細胞は、大腸の「基底膜」という上皮と間質の境目となる膜に結び付いて、じっとこらえていることが分かりました。
そして抗がん剤の投与が終わると、がん幹細胞は「基底膜」から離れて休眠から覚醒し、再び増殖を始めたということです。
さらに、このときに、「YAP」という細胞シグナルが関係していることを突き止めました。
つまり、休眠状態の時には、YAPはオフになっていて、増殖状態の時には活性化されてオンになっていることがわかりました。
そこで、このYAPを標的とした治療法の効果を調べました。
このマウスの大腸がんモデルをもちいて、イリノテカンという抗がん剤を投与した後に、YAPを遺伝学的に抑制したり、特殊な薬(低分子 TEAD 阻害剤;TEADi)を使ってYAPシグナルを阻害すると、抗がん剤治療後のがんの増殖が有意に抑制されました。
将来的には、このYAPを阻害することで、大腸がんの抗がん剤の治療効果を高めたり、再発を防ぐ治療法の開発につながるのではないかと期待されています。
まとめ
今回の研究では、がん幹細胞が、抗がん剤の攻撃から逃れて生き残り、治療後の再発の原因になっているということ、さらに、生き残ったがん幹細胞が基底膜から離れてふたたび増殖するときに活性化されるシグナルを阻害することで、治療効果が高まる可能性があることが示されました。
ただし、まだ動物実験の段階ですので、今後の人での臨床試験への応用を待ちたいと思います。
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