癌手術前から行うリハビリテーション(リハビリ)のことを、プレハビリテーション(prehabilitation)といいます。
これは、手術後に体力(とくに筋力)や身体機能(歩く能力など)が低下することを最小限に食い止め、また、術後の合併症を予防するためのリハビリです。
プレハビリテーションは、もともとは整形外科の手術ではじまりましたが、最近では、癌の手術にも導入されるようになりました。
今回は、がん手術前にリハビリを行う意義について考えてみます。
がん患者さんは術前に体力(とくに筋肉量と筋力)が低下する
日本における急激な高齢化にともない、体力(持久力、筋力)が低下しているがん患者さんが増えてきました。
また、がんの告知を受けた患者さんの多くは、ショックから精神的に落ち込んだままの状態がしばらく続きます。なかには自宅に引きこもってしまう人もいます。
外出して体を動かす機会が減り、当然、運動不足となります。
また、今回の新型コロナウイルス感染拡大によって、外出の機会が以前よりも減る事態となりました。
このため、手術までの間にさらに体力(とくに筋肉の量と筋力)が低下するといった悪循環に陥ることがあります。
これは、手術をひかえたがん患者さんにとって、できるだけ避けなければならない事態なのです。
なぜならば、手術を受ける時点で、患者さんの栄養状態が悪かったり、体力や筋肉量が落ちたりしている場合、術後の合併症が増えて死亡リスクが高くなるからです。
つまり、がん患者さんが何もしないまま手術をむかえると、手術後にこのような「イヤなこと」がおこるリスクが増え、入院期間が長引くことが予想されます。
また、最悪の場合、命をおびやかす状態におちいる可能性さえあるのです。
術後からはじめるリハビリでは限界がある
最近では、術後の機能回復を強化すると同時に合併症を減らし、退院や社会復帰をうながす目的で、手術後はできるだけ早く座ったり立ったりして、ベッドから離れて体を動かす訓練(リハビリ)を開始します。
極端な話、大きな手術であっても、手術の翌日から、歩行訓練が始まることもめずらしくありません。
これは、「早期離床(そうきりしょう)」あるいは専門用語では「ERAS(イーラス)=術後回復強化プログラム」とも呼ばれ、多くの病院(外科病棟)で実施されるようになりました。
病院によっては、クリニカルパス(あるいはクリティカルパス)と呼ばれる治療計画書のなかに術後のリハビリのスケジュールが組み込まれていることも一般的になってきました。
ただ、なかには手術後からのリハビリテーションでは機能回復が間に合わず、合併症がおこってしまう人もでてきます。
実際に、大腸の手術を受けた患者さんのうち、術前に身体機能が低下していた人では、術後からの積極的なリハビリを行ったにもかかわらず、合併症が4倍以上にも増えていました。
つまり、術後からのリハビリでは間に合わないと考えられるケースがあるのです。
手術前からのリハビリ(プレハビリテーション)の導入
そこで、こういった事態を避けるために、手術前からリハビリを開始する重要性が注目され、欧米を中心に医療の現場に導入されつつあります。
つまり、比較的からだが自由に動く術前からしっかりと運動をすることで体力をつけておき、手術による身体機能の低下を最低限に食い止めようという考え方です。
この手術前のリハビリのことを、プレハビリテーション(prehabilitation)と呼びます。
プレハビリテーションは、おもに海外における臨床研究において、その高い効果が認識されつつあります。
実際に、プレハビリテーションを従来の術後のリハビリと組み合わせることで、さらに術後の回復が早まり、その結果、合併症が減少し、入院期間が短くなる等のメリットが確認されています。
一方で、このプレハビリテーションは、日本では、さまざまな原因で、ほとんど普及していません。
実際に、きちんとしたプレハビリテーションのプログラムを採用している病院はごく限られています。
そこで、現時点では、患者さんひとりひとりが、この「手術前のリハビリ」であるプレハビリテーションの重要性に気づき、みずから実践することが望まれます。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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