みなさんは、「プレハビリテーション」という言葉を聞いたことはありますか?
じつは、がんの手術や他の治療をひかえた患者さんにとって、この「プレハビリテーション」はとても重要なのです。
この記事では、「プレハビリテーションとは何か?」について解説します。
プレハビリテーションとは?
プレハビリテーション(prehabilitation)とは、手術(あるいは、広い意味では「治療」)を受ける予定の患者さんが、手術の前からおこなうリハビリテーションのことです。
簡単にいうと、「手術に向けてのからだ(と心)の準備」です。
がん患者さんの多くに、さまざまな理由によって栄養状態の悪化や筋肉量の低下がみられることがあります。
また、日本における急激な高齢化にともない、体力(持久力、筋力)が低下しているがん患者さんが増えてきました。
このような栄養状態が悪化した患者さんや、体力(とくに筋力や筋肉の量)が落ちた患者さんが、そのまま手術を受けると、合併症(手術にともなっておこる望ましくない病態)が増えることがわかっています。
合併症がおこると、その治療のために入院期間が長引くことが予想されます。また、最悪の場合、命をおびやかす状態におちいる可能性さえあるのです。
このような事態を避けるため、最近では手術の直後から「早期離床(ベッドに寝ている状態から、できるだけ早く座ったり、立ったり、歩いたりすること)」をすすめ、リハビリテーションを開始することが一般的となってきました。
ただ、なかには手術後からのリハビリテーションでは機能回復が間に合わず、合併症が起こってしまう人もでてきます。
そこで、手術前からリハビリテーションを開始する重要性が注目され、欧米を中心に医療の現場に導入されつつあります。
これが「プレハビリテーション」です。
プレハビリテーションは、もともと整形外科の領域で始まりましたが、最近ではがんの手術にも適用されることが多くなり、その高い効果が認識されつつあります。
クラウドファンディングで作成した「プレハビリテーション」の動画です(産業医科大学YouTubeチャンネルより)⇩
プレハビリテーションの効果(恩恵)
がん患者さんがプレハビリテーションをすると、どんなよいことがあるのでしょうか?
英国の団体マクミランがんサポート(Macmillan Cancer Support)等が作成したガイダンス「がん患者のためのプレハビリテーション(Prehabilitation for people with cancer)」によると、がん患者さんがプレハビリテーションをする恩恵(ベネフィット)として以下のことをあげています。
プレハビリテーションの恩恵
- 入院期間の退縮
- 治療後の回復を強化
- 治療後の合併症を減少
- 禁煙・禁酒について指導する機会ができる
- 心肺機能の改善
- 栄養状態の改善
- 神経認知機能の改善
プレハビリテーションには、こんなにも色々といいこと(メリット)があるのです。
プレハビリテーションのメニュー
では、プレハビリテーションではどんなことをするのでしょうか?
プレハビリテーションのメニューは、実施している施設(病院)、対象となる患者さん、および手術の種類などによって異なりますが、基本は運動、食事による栄養サポート、そして精神的ケアの3つの柱から構成されます。
プレハビリテーションの3つの柱
- 運動(有酸素運動+レジスタンス運動(筋トレ))
- 栄養サポート
- 精神的ケア
過去の研究をまとめた調査によると、腹部のがん患者を対象とした9つのプレハビリテーションについての研究のうち、メニューとして運動だけを採用していたものが78%(7つ)であり、運動に食事指導と精神的サポートを組み合わせていたものが22%(2つ)でした。
胸部(肺)の手術前のプレハビリテーションでは、通常これらに加え、呼吸訓練(呼吸筋のトレーニング)がプログラムに組み込まれているものがほとんどです。
ただ、「がんの手術をうける人」といっても、実際には患者さんの背景(年齢や体力、栄養状態、がんの進行度など)や予定される手術の方法は一人一人まったく違います。
このため、必要とされるプレハビリテーションのメニューは、患者さんによって違ってくるのです。
そこで、最近では患者さん一人一人にあった「個別のプレハビリテーション(personalized prehabilitation)」を導入する施設もでてきました。
プレハビリテーションの期間
では、どのくらいの期間、プレハビリテーションを行えばいいのでしょうか?
過去の報告をみると、プレハビリテーションの期間は研究ごとに異なり、1週間から8週間までとさまざまです。
プレハビリテーションの設定期間としてもっとも一般的なのは4週間です。
ただ、術前1週間の短期間のプレハビリテーションでも、術後の合併症が減ったという報告がありますので、たとえ短い期間であってもやるべきだと考えられます。
どんながん患者にプレハビリテーションが必要か?
基本的には、すべての手術を控えたがん患者さんに役立つことは間違いありません。
ただ、以下の項目に当てはまる人は、よりプレハビリテーションの必要性が高くなります。
プレハビリテーションの必要性が高い人
- 活動性が低い(日常生活に制限がある)人
- 高齢の人(75歳以上)
- 治療中の持病(例、糖尿病、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)といった呼吸器の病気など)がある人
- たばこを吸っている人(あるいは咳や痰が多い人)
- 食欲がなく(あるいは食事があまり摂れずに)、体重が減っている人
- 筋肉がおちて手足が細くなってきた人
- 手術前に抗がん剤や放射線治療を受ける人
これらの項目にひとつでも当てはまる人は、しっかりとしたプレハビリテーションが必要だと考えられます。
がんの手術前にやるべき7か条
さらに、私はプレハビリテーションの基本メニューである運動、栄養サポート、および精神的ケアに、さらに4つの重要な項目を追加して、「がんの手術前にやるべき7か条」として、しかるべき患者さんにお伝えしています。
もちろん、この7か条をすべてやる必要はありません。
自分に必要なもの(あるいは、主治医と相談して許可されたもの)をピックアップし、「あなたのプレハビリテーション」のメニューをつくってください。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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