筋肉は年齢とともに少しずつ減ってきます。筋肉量が減ると、同時に筋力や身体能力(例えば歩行能力など)も衰えてきます。
この「筋肉量(骨格筋量)の低下に加えて、筋力または身体機能(歩行速度など)の低下のいずれかがある状態」のことを「サルコペニア(sarcopenia)」といいます。
簡単に言うと「筋肉やせ」のことで、手足の筋肉が落ちて細くなり、力が入らなくなったり、日常生活の動作が遅くなったりする状態のことです。
実は、サルコペニアはがん患者さんの大敵なのです。
というのも、多くの研究から、サルコペニアがあるがん患者さんは、すべての標準治療(手術、抗がん剤、放射線など)がうまくいかず、よい結果が得られないことがわかってきました。
とくに、サルコペニアがあるがん患者さんが手術を受けると、術後の合併症(望ましくない病態)が増え、生存率が低下することがわかっています。
今回は、サルコペニアががんの手術に及ぼす影響について解説します。
サルコペニアはがん患者に多い
当初は、サルコペニアは老化現象の一部と考えられていました。
たとえば、健康な人でも、60~70歳で5~13%、80歳以上では11~50%にサルコペニアを認めたと報告されています。
一方で、重症の臓器不全、炎症性疾患、あるいは悪性腫瘍(がん)などの病気が原因で引き起こされるサルコペニア(二次性サルコペニア)があり、なかでも、がん患者に多いことがわかってきました。
サルコペニア診療ガイドライン2017年版(ライフサイエンス出版)によると、がん患者におけるサルコペニアの頻度は、胃・食道がんで26~65%、大腸(結腸・直腸)がんで19~39%、肝臓がんで11~66%、膵臓(すいぞう)がんで21~63%、腎臓がんで29~68%、尿路上皮がん(膀胱がん等)で60~68%、非小細胞性肺がんで74%、悪性リンパ腫で55%と、多くのがんで高率に認められています。
高齢のがん患者さんの増加にともない、サルコペニアを抱える患者さんがますます増加していることが予想されます。
サルコペニアがあるとがん手術の合併症および死亡リスクが増加する
サルコペニアや筋肉量の低下を認めるがん患者さんが手術を受けると、術後の合併症が数倍にも増えるという報告があります。
たとえば、膵頭十二指腸切除という手術を受けた膵臓がん等の患者266人を対象とした研究では、術前におよそ半数の132人の患者がサルコペニアと診断され、これらの患者では膵液漏(すいえきろう:膵液がお腹の中に漏れる)という合併症の発生率が22.0%であり、サルコペニアのなかった患者の10.4%に比べて2倍以上に増加していました。
胃の切除術を受けた65歳以上の胃がん患者(99人)を対象とした日本での研究では、サルコペニアがある患者(全体の21%)では、治療が必要となる重症の術後合併症の発生率が28.6 %であり、サルコペニアを認めない患者の9.0 %に比べて3倍も高くなっていました。
また、術前にサルコペニアがある患者さんでは、手術によって術後早期に死亡するリスクが高くなるという報告もあります。
たとえば、手術を受けた大腸がん患者310人の解析によると、術後30日以内(あるいは入院中)の死亡率は、術前にサルコペニアがなかった患者では0.7%であったの対し、サルコペニアがあった患者では8.8%と15倍以上にも増加していました。
サルコペニアがあるとがん患者の術後長期予後が悪化
次にサルコペニアの術後長期の予後(生存率)への影響です。
177人の進行胃がん患者(ステージII/III)を対象とした研究では、術前にサルコペニアを認めた患者の胃切除後の5年全生存率は48%であり、サルコペニアがなかった患者の68%に比べて有意に短くなっていました(下図)。
複数の予後に関する因子の総合的解析によると、術前のサルコペニアは死亡リスクを2倍に高める因子であることが明らかとなりました。
このほかにも、サルコペニアによる術後の死亡リスクの増加は、肝臓がん(約3.2倍)、大腸がん肝転移(2.7倍)、大腸がん(1.9倍)、すい臓がん(1.6倍)で報告されています。
このように、手術を受けるときにサルコペニアがあると、術後の合併症のリスクが増え、手術に関連した死亡リスクが増加し、さらには長期の生存率も低下するということです。
サルコペニアの診断法(予測する方法)
自分がサルコペニアかどうかはどうやったらわかるのでしょうか?
サルコペニアをきちんと診断するには、検査で筋肉量を測定する必要があります。
このため、自分でサルコペニアかどうかを判断することはできませんが、日常生活でサルコペニアを疑うポイントがあります。
例えば、
- ペットボトルの蓋が開けにくい。
- 片足立ちのまま靴下をはくのが難しい。
- 階段で10段を登ることが難しい。
- 自転車で坂道を登れない。
- 歩くのが遅くなり、横断歩道を青のまま渡りきることができない。
以上のようなことが当てはまる場合、サルコペニアの疑いがあります。
また、サルコペニアの可能性を評価する簡単な方法として、自分の両手の親指と人差し指で輪をつくり、下腿(ふくらはぎ)の一番太い部分を囲めるかどうかを調べるテスト(指輪っかテスト)があります。
手でつくった輪で囲めない(つまり、ふくらはぎの筋肉がしっかりとある)場合と比べ、ちょうど囲める場合には2.4倍、隙間ができる場合には、6.6倍もサルコペニアと診断されるリスクが高くなるとのことです。
したがって、この「指輪っかテスト」で隙間ができる人はサルコペニアの可能性が非常に高いと考えられます。
サルコペニアがあるがん患者さんはプレハビリテーションが必要
サルコペニアを引き起こすメカニズムは複雑です。
がん患者さんのサルコペニアの原因としては、栄養状態の悪化や運動不足、あるいは代謝異常によって筋肉の分解が亢進することに加えて筋肉の合成が減少することが考えられています。
したがって、適度な運動によって筋肉の分解を防ぎ、またタンパク質を中心とした栄養補充によって筋肉の合成を増加させることが予防や治療となります。
短期間でサルコペニアを改善することは難しいかもしれませんが、少なくとも悪化させることは避けたいものです。
つまり、サルコペニアが疑われる患者さんは、しっかりとした術前のプレハビリテーション(とくに筋トレとタンパク質の強化)が必要と考えられます。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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