2022年8月13日、癌や医療に対する独自の理論で有名な医師、近藤誠氏がお亡くなりになりました。今回は、近藤氏が提唱する「がん放置療法」の是非について、医学研究の結果も交えて、あらためて考えてみます。
はじめに
2022年8月13日、「がんもどき」や「がん放置療法」など、独自の理論で有名な医師、近藤誠氏がお亡くなりになりました。
関係者によると、出勤途中に突然体調を崩し、搬送された都内の病院で虚血性心不全のため、亡くなったとのことです。
ネットやSNS上では、近藤氏や彼の生前の見解や理論、活動に対する賛否両論のさまざまな意見がでています。
一部の報道では、「がん医療の在り方に一石を投じた」と書かれていますが、少なくとも、がん治療を含めて医療界に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。
近藤氏の「現代の医療を否定する」見解や理論には一理あるという意見や、がんに対する過剰な医療に歯止めをかけたとして功績を称える意見もあります。
彼の意見は、一部の人たち(とくに、医療に不信感を抱く人たち)には受け入れられており、信仰されています。
一方で、彼のがん放置理論を信じてしまって、助かったかもしれない命を落とした多くの患者さんに対する重い罪も指摘されています。
今回は、外科医として長年、標準治療を信じて行ってきて、また、医学研究にも携わってきた外科医として、あらためて、「がん放置療法」に対する私の考えをお話したいと思います。
ただ注意していただきたいのですが、あくまで私の個人的な見解ですので、すべて正しいとは限りません。
がん放置療法とは?
まず、近藤氏の提唱するがん放置療法とは、ご存じのように、がんには放置しても死なない「がんもどき」と、いかなる治療を受けても転移して亡くなる「本物のがん」があって、手術や抗がん剤は生存率を高めるどころか命を縮めるだけなので、「がんは放置すべきである」という理論です。
「がん放置療法のすすめ」、「がんより怖いがん治療」といった書籍がたくさんあり、ベストセラーになっています。
まずは、がんを放置するとどうなるのか?ということですが、ごく一部には、近藤氏の指摘する「がんもどき」に相当する「悪性度が非常に低く、転移しないがん」が存在することも確かです。
ですから、放置しても、進行せずに長生きできる可能性があります。
実際に、近藤氏は、そういった一部の患者さんを自書で紹介することで、ご自身の理論が正しいことを強調しています。
ところが、発見時には早期のがんであっても、放置することで進行してしまい、助かるチャンスを失って亡くなってしまう患者さんがいることも確かです。
では、がんを放置すると、どのくらい死亡リスクが増えるのでしょうか?
今回は、がんの標準治療を拒否した場合の死亡率に関する医学論文を紹介したいと思います。
がんの標準治療(手術など)を拒否した場合の死亡リスク
まずは、2018年に Clin Breast Cancer という雑誌に報告された論文です。
アメリカ国立がん研究所に登録された53万1700人の乳がん患者を対象とした研究です。
主治医に手術を中心とした標準治療をすすめられ、手術を受けた患者と手術を拒否した患者について、予後(生存期間)を比較しました。
全体の乳がん患者さんのうち、3389人(0.64%)が手術を拒否していました。
しかも、すべての患者さんのおよそ半数(48%)が放射線治療を受けていましたが、手術を拒否した患者さんではわずか0.7%しか放射線治療を受けていませんでした。
結果ですが、手術を拒否した患者は生存期間が大幅に短くなっており、手術を受けた患者に比べて死亡リスク が2.4倍にも上昇していました。
また、ステージが早期であるほど死亡リスクが高まることがわかりました。
例えば、ステージIでは手術を拒否することで、死亡リスクが3.6倍にもなっていました。
次に、色々な種類のがんでの研究です。
2019年に、Cancer Causes Control という雑誌に報告された論文です。
これは、アメリカのSEERと呼ばれる、非常に大きな医療のデータベースをつかった後ろ向き研究で、早期がんに対して、手術をはじめとした標準治療を拒否した場合に、死亡リスクがどのくらい高くなるのかについて調べた研究結果です。
対象は、ステージIとIIのいわゆる早期の結腸がん、乳がん、肺がん、前立腺がんの全部で約50万人の患者さんです。
治療の経緯や患者さんの特徴をデータベースで調べて、最終的な予後(生存期間)との関連を調べました。
その結果ですが、50万人中、5757人(1.2%)が主治医にすすめられた手術を拒否していました。
手術の拒否に影響した因子としては、高齢であること、 人種、医療保険の有無、配偶者の有無、高いステージなどでした。
手術を拒否して、抗がん剤や放射線治療も受けなかった患者さんでは、標準治療を受けていた患者さんと比べて、死亡リスクが大きく上昇していました。
ステージなど他の死亡リスクに与える要因で調節した解析では、標準治療を拒否することで、死亡リスクが結腸がんで最も高く12.4倍、乳がんで5.8倍、肺がんで4.5倍、前立腺癌で1.6倍にも上昇していました。
以上の結果より、主治医がすすめる手術および他の標準治療を拒否した場合、がん種によって違いますが、死亡リスクが最大12倍まで上昇するという結果でした。
これは医療事情が日本と異なるアメリカでのデータで、しかも後ろ向き解析です。ですので、ランダム化比較試験といった信頼できるエビデンスとは言えないかもしれません。
だた、少なくとも「がん放置療法」や「代替補完医療」に走った患者さんの平均的な結果(リアルな生存率)と捉えることができます。
なぜ「がん放置療法」を信じてしまう人がいるのか?
多くのがん患者さんは、主治医のすすめにしたがって、標準治療を受けると思います。
ただ、なかには、近藤氏の提唱する「がん放置療法」を信じて、標準治療を拒否して、がんを放置する人や、エビデンスのない民間医療にはしる人もいます。
当たり前ですが、つらい治療といわれている「手術」や「抗がん剤治療」を好んで受けたいと思う人はいないと思います。
とはいえ、なぜ、リスクの高い「がん放置療法」を信じてしまうのでしょうか?
ひとつには、我々医療者の説明不足であったり、患者さんの気持ちや価値観を無視して標準治療を「最良の治療」と押しつけてしまうことが原因だと思います。
なかには、標準治療を嫌がる患者さんには、「うちでは診ることができません」と冷たく突き放す医師がいることも確かです。
こういった医療者への不信感によって、「無治療」の背中を押してくれる近藤氏の理論に傾倒してしまう患者さんもいると思います。
そういった意味では、患者さんに寄り添っていない我々医療者の責任でもあります。
もちろん、標準治療も万全ではありません。効かない人がいることも確かです。
また、とくにご高齢の患者さんでは、手術をはじめとして過剰な標準治療によって命が縮まる可能性も否定できません。
ですから、メリットとデメリットを十分に検討したうえで、標準治療を受けないという選択肢を選ぶことも間違ってはいません。
ただ、今回の研究結果が示すように、標準治療を拒否して受けないことが死亡リスクを高めることも知っておいてほしいと思います。
そのうえで、後悔しないように、自分の意思で最良の治療を選択してほしいと思います。
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