日本における急速な高齢化にともない、高齢のがん患者さんが増えています。今回は「がん治療に年齢制限はあるのか?」という問題を取り上げてみたいと思います。
はじめに
日本における急速な高齢化にともない、高齢のがん患者さんが増えています。
実際に、私自身、長年にわたって、がんの患者さんを診察してきましたが、ここ10年は高齢のがん患者さんが急増していることを肌で感じています。
がんになった高齢者のなかには、「もう年だから」と治療をあきらめてしまう人がいます。はたしてがんの治療に年齢制限はあるのでしょうか?
がん治療に年齢制限はあるのか?
結論から言うと「この年齢以上はがん治療ができない」という決まりはありません。
ですから、極端な話、90歳のがん患者さんでも、適応を慎重に検討した上で条件を満たせば、治療を受けてもいいのです。
「高齢だから」という理由だけで治療をあきらめる必要はありません。
高齢のがん患者さんの治療が可能かどうかを判断するときは、暦年齢ではなく、「からだの状態が治療に耐えられるか」を重視します。
がん治療ができる条件
では、治療ができるがん患者の最低限の条件とは何でしょうか? 3つ紹介します。
1.日常生活の活動性が保たれていること
まずは、患者さんの活動性(日常の生活動作)が保たれていることが大前提となります。つまり、ふだんの生活で元気に過ごし、自立しているということです。
極端な話、寝たきり、あるいは、1日のほとんどを寝た状態で過ごしている患者さんに対しては、積極的ながん治療を行わないことが一般的です。
2.大きな持病がないこと
次に、大きな持病がないことです。
高齢者では、高血圧や糖尿病、脳梗塞の既往など複数の持病を持っている人が大半です。
がんの治療が安全に行える条件としては、大きな持病がないこと、あるいは、持病があってもきちんと治療できていることが前提となります。
例えば、心臓や肺に大きな病気を抱えている患者さんは、手術による合併症や死亡リスクが高くなります。
持病で肝臓や腎臓の機能が悪い患者さんでは、抗がん剤による副作用がでやすくなります。
したがって、持病を持った高齢のがん患者さんの治療の選択肢は少なくなります。
3.認知機能に重大な制限がないこと
高齢になるにつれて、個人差はありますが、認知機能の低下がみられます。いわゆる“ぼけ”の問題です。
認知症があるがん患者さんに対しては、まず、ご本人の意思を確認することが難しいため、治療ができないことが多くなります。
また、認知症があるがん患者さんは「せん妄」など治療に伴う合併症が多くなったり、死亡率が高くなるという報告もあります。
したがって、がんの治療ができる条件として、認知症(あるいは認知機能のおおきな低下)がないことがあげられます。
このように、年齢だけでなく、日常生活の活動性、食事や栄養状態、持病(薬の服用状況)、精神状態など、いろいろなことを総合的に評価して、高齢のがん患者さんが治療に耐えられるかどうかを判断します。
高齢でもがん治療は可能な例
最後に、高齢でもがんの治療を受けることができるという実際の例を紹介したいと思います。
作家で僧侶でもあった瀬戸内寂聴さんは、2021年の11月に、99歳で、心不全で(老衰だと思いますが)亡くなったということですが、じつは、彼女は92歳の時に胆嚢がんと診断されました。
そのときに、おそらく、ご本人の強い希望もあって慎重に判断されたとは思いますが、がんの手術を受けたということです。
これは、腹腔鏡下胆のう摘出術といって、小さな穴をあけて、胆のうを切除して、体の外に取り出すという、比較的、体への負担が少ない手術です。
寂聴さんによると、術後に体力が低下して、退院直後は、「ベッドで1分間も座っていられないほど弱りきってしまった」、ということです。
ただ、懸命にリハビリに取り組んで、再び、執筆活動ができるようになるまで回復されたそうです。
まとめ
というわけで、「がん治療に年齢制限はあるのか?」ということですが、答えは、「年齢制限はありません」。
90歳のがん患者さんでも、適応を慎重に検討した上で条件を満たせば、治療を受けることが可能です。
「高齢だから」という理由だけで治療をあきらめる必要はありません。
ただ、色々な条件をクリアしなければいけないことも事実です。
高齢のがん患者さんは、主治医とよく相談して、理想の生き方や価値観を尊重して欲しいと思います。
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