抗がん剤などがんの治療には、メリットばかりでなく、デメリット(有害事象)もあります。「抗がん剤に殺される」といった過激なタイトルを見かけることがありますが、実際に抗がん剤による死亡事例はどのくらいの割合で発生するのでしょうか?研究報告を紹介します。
はじめに
がん患者さんが、治療を選択する際に、とても気になるのが、治療の副作用あるいは後遺症です。
とくに、抗がん剤による重い副作用や死亡のリスクについては、主治医は「統計上の確率は低いのですが、ゼロではありません」と説明することが多いのですが、「もし自分がそうなったら」と考えると、こわくなると思います。
また、「抗がん剤は毒」、「抗がん剤に殺される」といった過激なタイトルの本や記事などもあって、抗がん剤治療を受けるべきか悩む人も多いでしょう。
主治医は、治療のメリットとデメリットを説明しながら、治療の選択肢を提示するのですが、「抗がん剤による死」というキーワードばかりが気になって、冷静に判断できないこともあります。
では、実際に抗がん剤による死亡事例はどのくらいの割合で発生するのでしょうか?
今回は、抗がん剤治療の死亡事例についての研究結果を紹介します。
抗がん剤による死亡事例(治療関連死)
まずは、イギリスから報告された、「どれくらいの患者が、抗がん剤治療後早期に死亡するのか」についての研究です。
2016年に、Lance Oncology という雑誌に報告された論文です。
イギリスの「Public Health England」という国家的規模の医療データベースをもとにした観察研究です。
2014年に、全身化学療法(抗がん剤治療)を受けたすべての乳がん患者さん(23,228名)と非小細胞肺がんの患者さん(9,634名)について、最も最近の投与から30日以内の死亡率を(抗がん剤による死亡事例として)調査しました。
その結果、乳がんで2%、肺がんでは7%の患者が30日以内に死亡していました。
死亡率に影響を与える因子についての解析ですが、治癒目的の抗がん剤治療では、年齢とともに死亡率が上昇しており、また、全身の状態が悪い患者さん(パフォーマンスステータス2-4)では死亡率が高くなっていました。
以上の結果から、抗がん剤による死亡率は、がん種や治療のレジメン(抗がん剤の種類や量)によって異なるものの、数パーセントあること、また、高齢の患者さんや全身状態の悪い患者さんでは、死亡リスクが高くなることがわかりました。
臨床試験(治験)における死亡率は?
次に、治験におけるデータを紹介します。
臨床試験(治験)を考えておられる患者さんもいらっしゃると思いますが、はたして死亡リスクはどの程度なのでしょうか?とくに新薬の場合、蓄積されたデータがないために、リスクが不透明なこともあります。
2019年に、Breast Cancer という雑誌に報告された論文です。
乳がんの患者さんを対象としたドイツでの様々な治験のデータを集めた解析です。
1996年12月から2017年1月までの期間に実施された32件の第II相および第III相臨床試験に参加した23,387人の乳がんの患者さんが対象となりました。
ちなみに治験には、ほとんどの場合、厳格な対象患者の登録基準があって、高齢の患者さんや、状態の悪い患者さんは、除外されます。
ですから、比較的、全身の状態が保たれた患者さんについてのデータになります。
治療中に死亡した事例を解析して、その背景および原因について調査しました。
その結果、17の治験において、 88人 (0.4%)の患者さんが、治療に関連した死亡と診断されました。
主な死因ですが、感染(敗血症や肺炎)が最も多く、全体の38.6%でした。続いて、心不全が14.8%、肺塞栓が13.6%という結果でした。
亡くなった患者さんの年齢の中央値は64歳(35~84歳)で、多くの患者さんが併存疾患(持病)を抱えていました。また、50%の患者さんがステージIIIでした。
以上の結果より、ドイツにおける治験のデータでは、0.4%未満の乳がん患者さんが、治療によって死亡していたということで、やはり、併存疾患(持病)が多い患者さんや、進行したステージの患者さんでは、死亡のリスクが高くなることが示唆されました。
日本における治験のデータでも、治療関連死は、だいたい1%未満~3%までが多いようです。
まとめ
まとめますと、今回の研究は海外でのデータですが、抗がん剤治療による死亡事例は、1%未満のものから、多いもので10%程度の報告までありました。
この数パーセントのリスクをどうとらえるかは人によって違いますし、得られるメリットとのバランスを考える必要があります。
また、がんの種類や抗がん剤のレジメン、治癒目的か緩和目的か、患者さんの年齢やステージ、全身状態などによって、死亡リスクは大きく変わってきますので、平均的なリスクがあてにならないこともあります。
ですから、患者さんひとりひとりにおけるリスクとベネフィットを主治医とよく相談してから、治療を受けるかどうかを判断することをおすすめします。
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