がん手術前からのリハビリテーションをプレハビリテーションと言います。
プレハビリテーションでは、手術前から、運動、栄養サポート、精神的ケアを中心に、準備を行います。
プレハビリテーションを行うことによって、術後の合併症の発症リスクが減り、早期に回復できるメリットがあります。
私が担当している患者さんには、それぞれ必要な個別のプレハビリテーションを計画し、実践してもらうようにしています。
今回は、実際にプレハビリテーションを行ってもらい、術後の経過が良かった膵臓がん患者さんのケースを紹介します。
プレハビリテーション成功例:膵臓がん患者のケース
患者:Aさん(70歳代男性)
病名:膵臓がん(ステージII)
予定手術:膵頭十二指腸切除術
手術予定日:3週間後
術前治療:なし
喫煙歴:あり(1日20本、40年以上、現在も喫煙)
持病:糖尿病(薬で治療中)
身体所見:身長165cm、体重60kg(BMI ボディマッスインデックス 22)
検査データ(栄養状態):貧血なし。PNI(予後栄養指標)46
病歴と生活歴:20年前から糖尿病と高血圧があり、かかりつけの内科クリニックで薬をもらって治療していましたが、それ以外の大きな病気をしたことはありません。
毎年受けている健康診断で、糖尿病の悪化(ヘモグロビンA1cの上昇)を指摘されました。近くの総合病院で検査を受けたところ、膵臓にがんが見つかりました。
かなり昔に母親が膵臓がんと診断され、数ヶ月で亡くなっていたため、膵臓がんについての知識はある程度持っていましたが、告知を受け「まさか自分が膵臓がんになるとは」と驚いています。
「母のようにあっという間に死ぬのでは」と不安な毎日です。夜もあまり眠れていません。
幸いにも切除が可能なステージということで、大学病院で手術(膵頭十二指腸切除術)を受けることになりましたが、手術予定日は3週間先です。
定年退職してからは、家で過ごすことが多くなり、あまり運動もしなくなりました。
ここのところ手足が細くなってきたように感じます。また、片足立ちで靴下をはくときに、よく倒れるようになってきました。
外来で指輪っかテストをしてもらったところ、隙間ができ、サルコペニアが疑われました。
これらの情報を総合的に判断し、手術3週間前の外来でAさんと奥様と相談しながら、プレハビリテーションおよび手術前にやるべきことについて指導しました。
プレハビリテーションとして最初にしてもらったこと
まずは、すぐに以下のことをしてもらいました。
- かかりつけの内科クリニックで血糖値をコントロールするため薬を調節
- 歯科を受診してもらい口腔ケア(歯周病のチェック、歯垢・歯石の除去、ブラッシング指導)
- 禁煙
- 呼吸訓練のための器具(トライボール)を購入
- マインドフルネスの本を購入
- 奥さんにタンパク質の量を考えた食事メニューを指導
- 薬局でホエイプロテインと乳酸菌サプリを購入
- 近所のスポーツジムに入会
では、具体的に手術までのプレハビリテーションの計画表を紹介します。
口腔ケア
かかりつけの歯科医を受診してもらい、歯周病と義歯のチェック、専門的洗浄(歯垢と歯石除去)を行ってもらいました。
同時に口腔ケア(適切な歯のブラッシング、歯間などの洗浄法)を指導してもらい、その後、毎日自分で実践してもらいました。
禁煙+呼吸訓練
たばこを吸っていましたので、すぐに禁煙してもらいました。
長年吸っていたたばこをやめるのは、とてもつらかったそうですが、「命には代えられない」と決心されたとのことです。
また呼吸機能検査で閉塞性換気障害(気管支が狭くなり、一気に息を吐き出すことができない状態)を認めていたこともあり、毎日トライボールを使って呼吸訓練をしてもらいました。
メンタルケア
膵臓がんですぐに亡くなった母の影響から「膵臓がん患者は助からない」という思い込みがあり、死に対する恐怖や不安が大きかったので、「手術がうまくいけば膵臓がんでも治る人もいる」ことを説明しました。
またマインドルフルネス瞑想の本にしたがって朝夕10分間の瞑想を実践してもらいました。
プロバイオティクス(+プレバイオティクス)の摂取
薬局で乳酸菌とビフィズス菌の含まれたサプリメントを買ってきてもらい、手術の前日まで毎日のんでもらいました。
また、朝食時にヨーグルトにオリゴ糖をかけて食べてもらいました。
食事療法+プロテインによるタンパク質強化
1日に90gのタンパク質を摂取できるように、食事メニューを工夫してもらいました。
足りない分は、市販のホエイプロテイン(乳清タンパク質)で補ってもらいました。
運動(有酸素運動+レジスタンス運動)
もともと運動習慣はなかったのですが、スポーツジムに入会してもらいました。
早足のウォーキング(20~30分)を毎朝してもらい、同時にスポーツジムでトレーナーの指導のもと、エアロバイク(15分)と筋トレ(下半身を中心に)を週2日してもらいました。
週に一度、外来にきてもらい、どのくらい達成できているかをお聞きしました。ご本人曰く、「ほぼ100%できている」とのこと。
たばこをやめて呼吸訓練を開始してから、呼吸も楽にできるようになったそうです。
ふくらはぎの筋肉もつき、サルコペニアも改善したようでした。
術後経過
手術後の経過はとても良好で、翌日からベッドに座って新聞を読むまでになりました。
長年の喫煙者であり、肺の機能低下があったため、肺炎などの合併症が懸念されていましたが、禁煙と呼吸訓練のおかげで呼吸器関連の合併症はみられませんでした。
術後2日目には廊下を歩くまでに回復しました。
傷の感染なく、術後1週間目に抜糸。その後も合併症なく順調に経過し、手術から14日目に自宅へ退院となりました。
このように、術前からの入念な準備(プレハビリテーション)によって、大きな手術を無事に乗り切り、合併症なく早期に回復しました。
Aさんは、このプレハビリテーションを術前だけに終わらせず、運動や食事、プロバイオティクス摂取、口腔ケアなど一部の生活習慣は術後も続けています。
現在、術後の補助化学療法(抗がん剤治療)中ですが、副作用なく元気に生活しています。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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