がんの部位やステージによっては、術前にしばらくの期間、化学療法(抗がん剤治療)や放射線治療を行う場合もあります。
これを、癌の術前治療あるいはネオアジュバント療法などといいます。
この場合、当然ですが、手術までの期間が数週間から数ヶ月と長くなります。
術後の合併症を減らし、予後を改善するために、手術の前から始めるリハビリテーション(準備)のことをプレハビリテーションといいますが、術前の抗がん剤・放射線治療中にはどうしたらよいのでしょうか?
術前治療中にがん患者の筋肉量が減少すると生存率が低下
食道がんや乳がんでは、ステージによっては術前に抗がん剤や放射線治療を行うことが一般的です。
また、他のがん(例えば、一部の直腸がんや膵臓がんなど)に対しても術前治療の有効性を示す研究結果が増えてきました。
さらに、手術で切除が難しい進行がん(いわゆる切除不能のがん)では、いったん抗がん剤(あるいは放射線の併用)治療を先行し、がんが縮小した場合にはあらためて手術を行うというケースもあります(コンバージョン手術とも呼ばれています)。
このような手術前の治療期間にも筋肉の量が低下し、その結果、術後の合併症のリスクが高まったり、生存期間が短くなることが報告されています。
たとえば、食道がん患者を対象とした研究によると、術前治療の期間に筋肉(骨格筋)量が減少した患者では、筋肉が保たれていた患者に比べて、手術後の感染性合併症が増加するという報告があります。
また、同様に食道がん患者についての他の報告では、術前治療中に骨格筋の減少が少なかった(12.5%未満)患者の3年生存率は68.9%であったのに対し、骨格筋の減少が多かった(12.5%以上)患者では0%であり、有意に生存率が低下していました(下図)。
Kamitani N, et al. Surg Today 2019,49:1022-1028.より引用改変
このような術前治療中の骨格筋減少と予後との関係は食道がんに限ったものではありません。
術前の抗がん剤と放射線治療を受け、その後に手術を行った(進行)下部直腸がん患者144人についての研究でも、骨格筋が少ない患者は、保たれていた患者に比べて死亡リスクがおよそ3倍にもなることがわかっています。
このように、術前治療中の筋肉量の減少は、がんの治療がうまくいかない原因となり、ひいては生存率の低下につながるのです。
術前治療中こそプレハビリテーションが必要
抗がん剤治療中には副作用や疲労感などでどうしても体を動かすことが少なくなります。
同時に、食欲が低下して食事量が減り、栄養も不足しがちです。このような悪循環で、筋肉量が減ると考えられます。
したがって、術前治療中の患者さんは、とくに運動と栄養サポートによって筋肉量を保つ必要性があると考えられます。
つまり、術前治療中こそ、しっかりとしたプレハビリテーションが必要ということです。
じっさいに、術前治療中のプレハビリテーションが有効であることを示す研究結果も報告されています。
例えば、術前の抗がん剤治療中の膵臓がん患者を対象として、自宅でできる有酸素運動とレジスタンス運動からなるプレハビリテーションを行ってもらったところ、歩行距離などの身体機能が高まり、さらに生活の質も向上したとのことです。
副作用などの問題もあり、運動や食事療法がむずかしい場合もあると思いますが、可能なかぎりプレハビリテーションを実践することが重要といえます。
抗がん剤治療中の運動は治療効果を高める
また、抗がん剤治療中の運動の効果は、持久力や筋肉の維持だけではありません。
じつは、運動によって腫瘍内の血流が増えてがん細胞に薬が届きやすくなり、抗がん剤治療の効果が高まる可能性があるのです。
実際に、直腸がん患者を対象とした研究において、術前の抗がん剤と放射線の併用治療中に運動プレハビリテーションを実施したグループでは、切除した標本の顕微鏡検査で腫瘍の縮小効果が高まっていることが確認されました。
このような結果からも、術前治療中には積極的に運動をしたいものです。
まとめ
がんの術前治療中には筋肉量が減少することが多いと言われています。
この筋肉量の減少が高度になると、治療効果が下がり、生存期間が短くなるという研究結果があります。
術前治療中にこそプレハビリテーション(おもに運動とタンパク質を意識した栄養サポート)で、筋肉量の減少を防ぎましょう。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
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