がん患者さんは、つねに筋肉が減少するリスクにさらされています。
よく、「がんになったらやせる(体重が減る)」ということを耳にしますね。
これはもちろん脂肪が減ることにもよりますが、筋肉が減ることが最大の原因なのです。
実際には、がんの種類(臓器)やステージ、治療法などによって異なるものの、がん患者の5~90%に筋肉量(骨格筋量)の減少が報告されています。
とくに65歳以上の高齢がん患者さんには、筋肉量が著しく減っているケースが多いといわれています。
では、どうしてがん患者さんの筋肉は減るのでしょうか?
今回は、がん患者の筋肉が減る理由および対策について考えてみます。
がん患者の筋肉が減少する理由
筋肉が減る原因は、患者さんのがんの部位・状態や治療の内容によって違ってきますが、多くの場合、次にあげる3つが主要な原因と考えられます。
- 身体活動量の低下(運動不足)
- 食事からのタンパク質不足
- がんに伴う炎症・代謝異常
それぞれについて、くわしくみていきます。
身体活動量の低下(運動不足)
一つ目は身体活動量の低下、つまり「運動不足」です。
多くのがん患者さんは、がんによる症状や、治療の副作用・後遺症が原因で、以前のように体を動かすことが難しくなります。
治療のために入院が必要なこともあります。
入院中は、行動範囲が狭くなってベッドの上で横になっていることが多くなり、足腰が弱ります。
実際に入院がきっかけで、車椅子の生活になったり、寝たきりになってしまう高齢のがん患者さんもいるのです。
がん患者さんを悩ます精神的な問題も身体活動量の低下につながります。
がんの告知をうけた人は、病気や治療に対する恐怖、不安、精神的ストレスを抱えます。
ふだん陽気で活発だった人が、ふさぎこみ、うつ状態になることもめずらしくありません。このような精神的な問題によって、体を動かす機会が減ることになります。
さらに、がん患者の生活や社会環境は大きく変化します。
治療を優先させるため、仕事をやめる人もいます。趣味でやっていたスポーツやレジャーをやめざるを得ないこともあります。
また、家族やまわりの人はがん患者のからだを気遣い、代わりに色々としてくれるようになります。その結果、がん患者の「からだを動かす機会」は徐々にうばわれていきます。
このように様々な理由によって、多くのがん患者は活動量が減り、運動不足におちいります。
食事からのタンパク質不足
がん患者の筋肉が減る2番目の原因は、食事からのタンパク質の摂取不足あるいは消化・吸収障害です。
がん患者さんは、食事の量が減ります。
これは、がんにともなう症状、抗がん剤による食欲低下や吐き気といった副作用、さらに、手術(とくに、胃や腸の切除術)による後遺症が原因です。
ご存じのように、筋肉はタンパク質(アミノ酸)から合成されます。
通常の生活をしている人が筋肉を維持するには、少なくとも体重1kg当たり1gのタンパク質摂取が必要とされています。
しかしながら、がん患者さんでは、この必要なタンパク質を摂取できないことも多いのです。
また、消化器(胃腸やすい臓など)のがんでは、消化不良や吸収障害をともなうこともあり、たとえ食事を摂取したとしても、栄養としてきちんと吸収されないこともあります。
このような原因により、タンパク質の摂取量や吸収される量が低下し、筋肉が作られずに減っていきます。
がんに伴う炎症・代謝異常
がん患者の筋肉が減る3番目の原因は、がんに伴う炎症です。
がんは炎症と深くつながっています。炎症とは、発赤(赤くなること)、発熱、腫脹(はれること)、疼痛(痛み)を特徴とした、身体を守る生体の防御反応です。
炎症は、急性炎症と慢性炎症に大別されますが、このうち慢性炎症は、本来ならば一過性で治まるはずの炎症反応が、長期間持続して慢性化した状態のことです。
慢性炎症は、心臓や血管の病気、糖尿病などの生活習慣病、そして、がんの原因となることがわかっています。
また、がんが進行するにつれて炎症がひどくなることもあります。たとえば、がん患者さんの血液検査をおこなうと、明らかな急性炎症の症状(発熱など)や原因(感染症など)がないにもかかわらず、C反応性タンパク(CRP)という炎症のマーカーが上昇していることがあります。
体に炎症がおこると、血液のなかにTNF-α、インターロイキン-1β、あるいはインターロイキン-6といった「炎症性サイトカイン」とよばれる物質が分泌され、増えてきます。
この炎症性サイトカインによって、タンパク質の合成が抑制されたり、筋肉のタンパク質の分解がすすむため、結果として筋肉(骨格筋)が減っていくのです。
このように、さまざまな理由から、がん患者さんの筋肉は日々減っていくのです。
がん診断後、筋肉が減る患者は早死にする?
がんになると、筋肉が減るということをお話しました。
では、筋肉が減ると何がいけないのでしょうか?
実は、多くの研究から、がん患者の筋肉量が減少すると、生存率が低下するというデータがあるのです。
極端な話をすると、「筋肉が減るがん患者さんは、治療がうまくいかず、長生きできないことが多い」ということなのです。
実際のがん患者さんについて調査したデータを紹介します。
様々な治療(手術、抗がん剤、あるいは放射線治療)を受けた進行すい臓がん患者164人を対象とした研究によると、がんの診断後の数ヶ月間に筋肉量の減少量がもっとも多かったグループでは、もっとも少なかったグループに比べて生存期間が短くなっており、死亡リスクが2倍以上にも高くなっていました。
これらの研究結果から言えることは、がんの治療がうまくいくためには、筋肉の量を維持する(あるいは、可能であれば増やす)必要があるということです。
手術前からの筋トレ(プレハビリテーション)の重要性
手術は、体にとって大変な負担になります。
手術後は、程度の差はありますが、確実に筋肉が減少します。
したがって、手術前から筋トレを中心としたプレハビリテーションを実践し、筋肉量の減少を最小限に食い止めなければなりません。
実際にプレハビリテーションによって、がん手術後の筋肉量の減少を防げるという研究データもあります。
大腸がんに対して切除を行った患者139人のうち、術前にプレハビリテーション(運動、栄養サポート、不安軽減の3つのプログラム)を受けた76人と、術後のリハビリテーションを受けた63人について、術後の筋肉量(徐脂肪体重)を比較した研究です。
術後4週、8週の時点で、プレハビリテーションを受けた患者で、術後のリハビリテーションを受けた患者に比べて有意に筋肉量の減少が少ないという結果でした。
つまり、プレハビリテーションによって、術後の筋肉量の減少を(少なくともある程度は)食い止めることが可能であるということです。
まとめ
がん患者の筋肉は、さまざまな理由によって減少していきます。
筋肉量の減少は、治療成績の悪化につながり、生存期間が短くなる原因となります。
がん手術(治療)前から筋トレを中心としたプレハビリテーションを開始し、筋肉量の減少を最小限に食い止めましょう。
この記事の内容は、『がん手術を成功にみちびくプレハビリテーション:専門医が語る がんとわかってから始められる7つのこと(大月書店)』をもとに執筆しています。
最新記事 by 佐藤 典宏 (全て見る)
- 余命(予後)と関係する「がん再発」4つのパターン - 2023年1月23日
- 【がん薬物療法】分子標的薬 アダグラシブ:転移を認めるステージ4「大腸がん(KRAS G12C)」に奏効率46% - 2023年1月21日
- 便秘がちな人に増える意外な「がん」とは?慢性の便秘でリスクが増えるのは大腸がんではなく・・・ - 2023年1月19日