がんの組織に集まっているリンパ球(腫瘍浸潤リンパ球:TIL)を分離し、増やしてから患者さんに戻す「個別化免疫療法」によって、転移を認める乳がんの患者さんに腫瘍の縮小効果が認められたということです(海外での第二相臨床試験)。
はじめに
これまで、ホルモン受容体陽性乳がんは、免疫反応を誘発することができないために、免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法の効果が低いと言われていました。
ところが、今年2月1日のアメリカの国立がん研究所(NCI)のプレスリリースによると、「転移がある乳がん患者さんに対する、新しい個別化免疫療法が開発され、その高い効果が確認された」ということです。
これは、現在、まだ臨床試験中の実験的な治療法になりますが、乳がんの患者さんのがんの組織に集まっている免疫細胞であるリンパ球を分離して、それを培養して増やしてから患者さんに戻すという、いわゆる患者さんひとりひとりに応じた免疫療法です。
この「個別化免疫療法」を使って、転移を認める乳がんの患者さんに腫瘍の縮小効果が認められたということです。
腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を使った個別化免疫療法によって転移性乳がんが縮小
この研究結果は、Journal of Clinical Oncology の2月号に報告されました。
まず、研究者らは、あらゆる治療法の効果が認められなかった転移性の乳がん患者42人(うち、60%はホルモン受容体陽性でした)について、転移した部位からがん組織を採取して、遺伝子変異を調べるのと同時に、がん組織から、TILというリンパ球(TIL)を分離しました。
TILとは、日本語では腫瘍浸潤リンパ球と呼びますが、がんの目印(ネオアンチゲン)を見つけて、からだ中から集まってきたリンパ球のことです。この茶色に染まっている細胞がTILですね。
このTILを調べたところ、28人(67%)では、それぞれの患者さんのがんの遺伝子変異によって作り出される目印(ネオアンチゲン)に対する免疫反応がみられたということです。つまり、多くの患者さんでは、がんの目印をみつけて、集まって攻撃をしかけている免疫細胞が確認されたということです。
そこで、第2相臨床試験として、しっかりとがんへの免疫反応が確認された基準を満たす6人の患者さんに、このTILを使った新たな免疫療法(TIL療法)を行いました。
TIL療法とは、反応性のTILを培養して大量に増やして、静脈内へ戻すという治療です。つまり、敵を知っていて、攻撃態勢に入っている兵隊を体の中にたくさん送り込む作戦ですので、非常に効率のよい免疫療法といえます。
さらに、もどしたTILが増えやすい状態にするために、事前に抗がん剤で体からリンパ球などを除去しておくことと、がんによる免疫のブレーキを外すために、免疫チェックポイント阻害薬であるペンブロリズマブ(キイトルーダ)の投与を追加しました。
その結果、50%の3人の患者さんで、腫瘍が縮小していました。このうち、2人は部分寛解で、1人は完全寛解でした。
完全寛解の患者さんでは、免疫治療後に、胸壁と肝臓に転移していたがんが完全に消失したということで、さらに現在まで5年以上にわたって再発なく経過しているとのことです。
以上の結果から、乳がん患者さんでも、がんの遺伝子変異によって生じたネオアンチゲンに対する免疫反応はおこっていることが確認されたということと、患者さんのがんから分離したTILを増やして戻すという個別化免疫療法は、今回の第二相臨床試験において良好な結果を示し、今後さらに大規模な臨床試験で試す価値のある治療法であるという結論でした。
まとめ
TILを使った個別化免疫療法で、転移性乳癌が縮小したという研究結果を紹介しました。
さらに、このTIL療法は、乳がんに限らず、他の種類のがん患者にも適用できる可能性があるということです。
実際に、皮膚がんの一種メラノーマでは、70%以上の患者に有効であったと報告されています。
また、日本でも、慶応大学医学部が、子宮頸がんを対象としてTIL療法について、第2相臨床試験を行っています。
今後ますますTIL療法の臨床試験の結果がでてきて、有効性が確認されて保険適応になることが期待されます。標準治療では効果が期待できなくなったがん患者さんにとって、新たな希望になると思います。
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